渡来人の足跡を辿る
昨年6月に初めて訪れた「和銅遺跡」。
http://pawpaw.cocolog-nifty.com/pawpaw_house/2010/06/post-bb41.html
ネットで調べていたら、渡来人が関わっていたとの記述を見つけました。
■和銅の採掘(発見?)にかかわった人物
日下部宿禰老(くさかべのすくねおゆ)
津島朝臣堅石(つしまのあそんかたしわ)
金上无(こんじょうむ)(新羅系渡来人)
以下、関連情報の中から拾い読み。
■羊太夫と和同開弥
http://www.chichibu.co.jp/~wado/wadokaichin/hitsuji.htm
う~ん、こりゃSF(に出来るネタ)だぁ!
■羊太夫の墓といわれる塚
http://sgkohun.world.coocan.jp/SAITAMA/ogano/otuka.htm
小鹿野への裏道の途中・かつての「バイクの森おがの」の
近くで、何度も脇を通ってました!
(今日存在を確認してきました(^^;)
■多胡碑
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E8%83%A1%E7%A2%91
「羊」という人物が渡来人だったらしいです。
近くに高麗神社もあるそうです。
感覚的には小鹿野でメシ食って、志賀坂峠と塩ノ沢峠を
越えて、下仁田経由で吉井と。帰りは高速でビューン。
今度行ってみようかな?
■東大寺大仏に貼られた金を献上した百済系渡来人
百済王敬福
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E6%B8%88%E7%8E%8B%E6%95%AC%E7%A6%8F
■日本最初の金山
みちのく山に 黄金花咲く
http://www.ten-f.com/usajingu.html
★以下妄想
日本で最初の銅鉱山、金鉱山とも、渡来人が関わって
いたんですね。
故郷である大陸、半島を去らねばならなかった渡来人が、
日本で安住の地を見つけて一安心したのは、多分つかの間
だったのでしょう。日本の社会での地位を高めるためには、
財力を身につける必要があり、そのために手っ取り早い
(というか一攫千金の)方法は、銅や銀や金の鉱山を、
その知識と高い技術で見つける事だったのでは
ないでしょうか。
未開の山野に鉱山や宝石を探す渡来人の集団、なんてのに
ロマンを感じちゃいます。
最近、更に昔の縄文時代に、厳冬期に森林限界を超えた
高山で黒曜石を採取していた一団があった事が分かって
来ました。更にその黒曜石を各地に広めるネットワークも
あったようです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E6%9B%9C%E7%9F%B3
そんな在来集団が、鉱山を探す渡来人集団と遭遇したら…
うわもう、伝奇SF的妄想増大!
★渡来人に拘る訳
いえね、定年後は、漫画でも描こうかと(^O^。
んで、今からネタ探ししています。
ダメだったらBL系エロ漫画でも…(^^;
★おまけ:小鹿野の「ようかみ食堂」さん
http://www.saitama-kita.jp/196_youkami.html
ここでもわらじカツ丼を頂きました。周りはジモピーばかり
だったので写真は割愛(^^;。わらじカツ丼自体は非安田屋系の
「普通にうまいわらじカツ丼」でしたが、お味噌汁おしんこサラダ
コーヒーがどれもまいう~でした。ただし、お値段は1000円と高め。
でもまぁ、定食形式では一番美味しいお店かな。
安田屋さんは豚の肉と脂の旨みで孤高の存在だなぁ。
流石元祖。
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