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2012年6月19日 (火)

氷川神社の謎①

埼玉県で有名な古社といえば、氷川神社(さいたま市大宮区)(式内社)が挙げられます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B7%E5%B7%9D%E7%A5%9E%E7%A4%BE

Wikipedia によると、それは①【富士山と筑波山を結んだ線と、浅間山と冬至の日の出を結んだ線の交差地点に位置する】そうです。どれどれと線を引いてみたのが以下の図。

Photo_2

赤が富士山⇔筑波山の方位線、青が浅間山⇔氷川神社の方位線(とその延長)です。じゃオレンジは何?というと、実は Google Erath で氷川神社の社殿の向きを調べていて思いついた方位線で、②氷川神社は赤城山を背にして建っていたんですね。

Photo_4

ここで更に「もしや」と思いついたのが次の図。

Photo_6 

③赤城山⇔氷川神社の方位線上にさきたま古墳群が位置しています。さきたま古墳群は綿密に計算された位置に置かれていると思われるので(*1)、氷川神社もこれと同レベルの計算の上に建てられたと思って良いでしょう。

*1:http://pawpaw.cocolog-nifty.com/pawpaw_house/2012/04/post-fe36.html

*2:http://pawpaw.cocolog-nifty.com/pawpaw_house/2012/04/post-093b.html

④太田市にある天神山古墳は惜しいことにちょっとずれてますが、この方位線に乗せたかったのではないかとも推測されます。なお、天神山古墳自体は武甲山を向いている節があるのは、上記のURLの下の記事(*2)で書いた通りです。

記事を書いていて気が付いたのですが、⑤入間市宮寺の出雲祝神社(いずもいわいじんじゃ)(式内社)は、どうも富士山⇔氷川神社⇔筑波山の方位線に乗っていそうです。本当だったら、スゲー!

http://pawpaw.cocolog-nifty.com/pawpaw_house/2009/08/post-9da1.html

と、思ったけど、方位線にピッタリ乗っているのは、どちらかというと所沢の北野天神社もしくは中氷川神社。でも、「出雲祝神社を方位線に乗せたかった感」は拭えません。

http://pawpaw.cocolog-nifty.com/pawpaw_house/2012/02/post-152b.html

更に、⑥毛呂山の出雲伊波比神社(いずもいわいじんじゃ)(式内社)の社殿は「北の方の何処かの山」を背にしていそうで、それが赤城山だとすると何となく全部つながって(出雲系でくくられて?)スッキリ!です。

http://pawpaw.cocolog-nifty.com/pawpaw_house/2012/04/post-a05a.html

念のため地図上で氷川神社と出雲伊波比神社の関連を調べてビックリ。

Photo_8

⑦毛呂山の出雲伊波比神社(紺)は氷川神社(赤)から武甲山(おそらくかつての武甲山の山頂で、それは現在よりもやや北)へ引いた方位線(青)上にあったのです。なお、赤線は念のために引いた秩父神社⇔氷川神社間の方位線。

更に更に、⑧川越の氷川神社(紫)は上記⑦の方位線上にあったのです!

まとめると、

 ①氷川神社は富士山⇔筑波山の方位線上にある。
 ②氷川神社は赤城山を背にしている。
 ③赤城山⇔氷川神社の方位線上にさきたま古墳群がある。
 ④太田市にある天神山古墳は②、③の方位線の近くにある。
 ⑤入間市の出雲祝神社は①の方位線の近くにある。
 ⑥毛呂山の出雲伊波比神社は赤城山を背にしてそう。
 ⑦毛呂山の出雲伊波比神社は氷川神社から武甲山への方位線上にある。
 ⑧川越の氷川神社は⑦の方位線上にある。

うわ~、我ながらこれは「つながった感」ありですねぇ。

それにしてもまぁ、昔の人々は何と雄大なスケールで国造りをしてたんでしょう。あえて表現すれば、「太陽と月と星を除く、目にする全ての物はあなた達の世界」って感じでしょうか。低い目線で「駅前の再開発」をやってる何処かの市の為政者は真摯な態度で歴史を学ぶべきですよね。

というわけで、近々氷川神社行こうかなぁ。大宮~浦和周辺は調神社(つきじんじゃ:ウサギの神社)しか行ってないので↓、是非1度。

http://pawpaw.cocolog-nifty.com/pawpaw_house/2011/11/post-0fae.html

※脚注:①は Wikipedia に書かれているくらいですから定説みたいです。②~⑧は調べてないけど多分誰か気が付いているでしょう。

※こうなってくると、Google Map に「任意の2点間を通る直線を引く」とか「ある地点を起点に特定の方位線を引く」とかの機能があると、とっても楽なんですけどねぇ。Google にねじ込んでみるか?(^O^

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コメント

お久しぶりです。
ふじみ野市在住の福岡マーチです。
赤城山と大宮氷川神社の地図上のつながり、おもしろいですね。自分の知る範囲では、他にこのつながりのことを記したサイトはないようです。
さて、ふじみ野市内にある長宮氷川神社について、地図上で参道の線を線を伸ばしたところ、この直線も赤城山につながっていました。とてもビックリ😱☀です。


あと、日光東照宮から冬至の日の入り方向線を引くと、この直線も赤城山につながります。(単にhinode.picsで線を引くと、赤城山の北側を線がとおりますが、標高差を考え合わせて計算しなおすと、赤城山をとおります)

きっと赤城山は何らかのパワースポットなんでしょう。

投稿: 福岡マーチ | 2015年12月11日 (金) 11時06分

福岡マーチさんへ

>長宮氷川神社

むむ、やはり1度(^^)。

>赤城山

古代人には単なる目印以上の物だったのは確かですね。別の見方をすると、昔々武蔵や无射志やそれ以外の呼び名で呼ばれていたこの大地は、間違いなく今より見晴らしが良く、自ずから壮大なスケールの夢(国造りとか)を描く人々が生まれて生きて活動し、その結果がこれらの遺構や神社仏閣である、と言えそうです。

ということで、先祖の人々と、豊かで起伏に富んだ自然に感謝!

投稿: Pawpaw | 2015年12月11日 (金) 11時27分

代々長宮氷川神社の神主を務めてきたのは星野家だったんですね。星野さんというと、お世話になっている方がチラホラ。さっきメールを送ったのも凸社のHさんだったし、川越の時の鐘近くの某酒屋さんも… あ、星野之宜(SF&伝奇系漫画家)なんてのも居た!

以上独り言でした!(^^;

投稿: Pawpaw | 2015年12月11日 (金) 11時49分

一説には星野姓のルーツは三河国宝飯郡星野荘だそうです。藤原氏の流れと清和源氏の流れがあるとか。

http://www.myj7000.jp-biz.net/1000/0100f.htm

これって、Pawpaw家の菩提寺の天岑寺(てんしんじ)を開いた、安土桃山時代~江戸時代にかけての旗本:小笠原安勝の出身地(幡豆群)のすぐ近くですね。小笠原安勝は徳川家康の関東入国(移封)と共に武蔵国入りし、田中(現狭山市)の地に領地を賜ったそうです。

長宮氷川神社の初代神主:星野信秀は1596年からとありますから(始祖は995年頃の福岡信秀)、もしかすると元は三河国出身で、家康の関東入国(移封ですよね)と関わりがあるのかも?

でもって、同じような動きをしたのが天海。というか、家康の周辺=江戸=関東で呪術的かつ組織的な何らかの動きがあったとしたら、間違いなくこの人が黒幕でしょうね。

でもそれ以前に、喜多院の基:星野山(星野がここにも!)無量寿寺を開いた慈覚大師こと円仁とか、岩槻・河越・江戸城を築いた太田道灌とか、日光を開いた勝道とか、更にその元になった遺跡や遺構を築いた、時代も名も知れぬ人々が居たことも忘れてはならないでしょう。

うわ~、関東って何てヘビーなんだ! 全貌を把握するのは私には無理です(^^;。

投稿: Pawpaw | 2015年12月11日 (金) 13時51分

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