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2015年10月 5日 (月)

猿ヶ京の秘密

来年は申年(丙申)。シャレの好きな何処かの家族が、申年の元旦は猿ヶ京温泉で!、なんて言い出しそうですが、猿ヶ京の名前のルーツを探してビックリしました。

■猿ヶ京温泉:
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8C%BF%E3%83%B6%E4%BA%AC%E6%B8%A9%E6%B3%89

【猿ヶ京の地名は上杉謙信の命名とされる。唐申の年、申の月、申の日に、申年である謙信が縁起の良い夢を見たことにちなんで地名を「申ヶ今日」と改め、後に漢字が現在のものに変わったとされる。】

■上杉謙信:
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E6%9D%89%E8%AC%99%E4%BF%A1

【享禄3年(1530年)1月21日[1]、越後守護代・長尾為景[1](三条長尾家)の四男(または次男、三男とも[1])虎千代として春日山城に生まれる。】

【虎千代は天文12年(1543年)8月15日に元服して長尾景虎と名乗り】

【永禄3年(1560年)3月、越中の椎名康胤が神保長職に攻められ、景虎に支援を要請する。これを受け景虎は初めて越中へ出陣、すぐに長職の居城・富山城を落城させる。さらに長職が逃げのびた増山城も攻め落して逃亡させ、康胤を援けた。

5月、桶狭間の戦いにより甲相駿三国同盟の一つ今川家が崩れた機会に乗じ、ついに景虎は北条氏康を討伐するため越後国から関東へ向けて出陣、三国峠を越える。】

■庚申:
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%9A%E7%94%B3

上杉謙信が生きた時代の庚申の年は西暦1560年。

つまり、30歳の長尾景虎(後の上杉謙信)が三国峠を越えて今の猿ヶ京の地に入った時(1560年5月)に猿ヶ京の名が生まれたというわけですね。長尾景虎の誕生日とか元服の日とか、何やら因縁めいたものを感じますね(意味不明(^^;)。

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コメント

多分(シャレの好きな何処かの家族)の一人です(^_^;
来年の干支が何であるか気にしていませんでした。
場所決めした人は知っていたかも知れませんね。
宿泊先は今年の12月にリニューアルオープンするそうです。
以前はネットワーク環境無しのホテルのようで、今回はWiFi付だそうです。
まぁ付いているだけで使えるかどうかは期待できませんね。

Pawpawさんの話を子供達にしたら興味津々で年末年始を過ごせそうです。
ゆかりのある場所もあるんでしょうね。

投稿: T也 | 2015年10月 6日 (火) 10時01分

>来年の干支が何であるか気にしていませんでした。

意外にもユーザー側で気が付いたのは私が最初、ということでしょうか。川越辺りで猿のお面でも探して買って持っていきましょう! 「たくみの里」で売ってたりして…

http://takuminosato.or.jp/

あった!かも?

http://takuminosato.o-oku.jp/contents/omen.html

投稿: Pawpaw | 2015年10月 7日 (水) 06時55分

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