2019年5月 8日 (水)

仙波東照宮のシャガの謎②

1つ前の記事で、慈覚大師円仁さんがこの地に星野山無量寿寺を開き、後に河越茶と呼ばれるようになる茶を中院に伝えた際に、一緒にシャガも伝えたのではないか? そして、そのシャガの末裔が川越仙波東照宮の山門近くに生えているシャガではないか? という仮説を立てたのですが、何と!

①茶が伝わったのは中院。

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②中院は仙波東照宮を建てる際に移築された。

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③シャガを見つけたのは仙波東照宮山門脇。

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④シャガが生えていた場所はかつての中院だったのではないか?

Nakain2  

うわ、信ぴょう性が増しましたよカネコさん!

喜多院:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%96%9C%E5%A4%9A%E9%99%A2

中院:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E9%99%A2

仙波東照宮:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%99%E6%B3%A2%E6%9D%B1%E7%85%A7%E5%AE%AE

う~ん、先の巡回途中の川越成田山での勧誘で弘法大師空海さんにココロが傾いたのですが、やっぱ天台宗、特に慈覚大師円仁さんはスゲーと思います。あ、そうそう、伝教大師最澄さんと空海さんのゴタゴタの元となったのはコレです。

理趣経:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%90%86%E8%B6%A3%E7%B5%8C

ま、その前に弟子取られたりしたようですので…

泰範:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%B0%E7%AF%84

とまぁ空海さんスゲーなのですが、その後入唐して9年も修行と経典収集に費やした円仁さんが持ち帰った教えは、空海さんを越えるものだったようです。

入唐求法巡礼行記:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A5%E5%94%90%E6%B1%82%E6%B3%95%E5%B7%A1%E7%A4%BC%E8%A1%8C%E8%A8%98

日本で最初の「大師」は円仁さんでしたし、その後しばらく天皇家は天台宗を信奉してましたし、天海+家康後の徳川家もしかり。あ、だから「成田山新勝寺」を喜多院の直ぐ脇に建てたのかぁ。競ってたんですね~ つか、9世紀からの因縁・怨念?

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仙波東照宮のシャガの謎

先頃川越の喜多院~仙波東照宮と歩いたのですが、東照宮の山門脇で綺麗な花を見かけました。

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カネコさんにお見せしたら、これはシャガですよ~と即答。流石。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%82%AC

なになに、「そういう場所には、チャノキなども見られることが多い。」とな? ムムム! この辺で茶と言えば、慈覚大師円仁さんが(9世紀頃?)中院で栽培を始めたとの言い伝えがあります。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%AD%E5%B1%B1%E8%8C%B6

中院と言えば無量寿寺の中院、喜多院とはペアというか、トリオの1つ(南院は廃寺)。

 Nakain2

もしその時にシャガも一緒に伝えられたとすると、こりゃひょっとすると関東、いや東国最初のシャガの自生地かも知れませんよ! それDNA調べろ!…って3倍体だからダメか…

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2018年8月19日 (日)

寄居の出雲乃伊波比神社

セロ君と行ってきました、惑星直列の1社:出雲乃伊波比神社。

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日高~毛呂山~ときがわ~小川~寄居と来て、ちょっと裏道で迷って出た所が目的地でした。

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参道。

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縁起。主祭神はスサノオ。お、オオナムチ(大国主)はともかく、ホオムタワケ(応仁天皇)、アマノコヤネ、アマノフトダマですか。個人的にはイソタケルがあったらいいな、等と…

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2018年8月17日 (金)

出雲伊波比神社の謎

某所での柳澤さんの書き込みから、不思議なことに気が付きました。

Iwai

入間市の式内社:出雲祝神社、毛呂山町の式内社:出雲伊波比神社、そして寄居(男衾)の式内社:出雲乃伊波比神社を地図上で辿ると、おお!

なお、出雲乃伊波比神社は以前は別のところにあったそうですから、その惑星直列の精度は今以上だったのかも?

■出雲祝神社(入間市)

http://pawpaw.cocolog-nifty.com/pawpaw_house/2009/08/post-9da1.html

■出雲伊波比神社(毛呂山町)

http://pawpaw.cocolog-nifty.com/pawpaw_house/2012/04/post-a05a.html

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2018年5月20日 (日)

こんな近くに牛頭天王様が!

本ブログの神社仏閣関連では最古の記事にある、地元田中の稲荷神社ですが、
 
 
10数年ぶりにまた1年間の「神社当番」が回って来まして、
 
 
お社の掃除とかイベントのお手伝いとか始めた所です。その中で初めて知ったこの摂社のご祭神。
 
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何と天王様とか。え!てことは牛頭天王様ですか!? あ~こんな近くにいらっしゃったのですね。
 
因みに田中稲荷神社は Pawpaw家の菩提寺の天岑寺や、峰愛宕神社と同じく、戦国時代末~江戸時代の旗本:小笠原安勝の創建になるとかで、古ければ開基は1594年とか。徳川家康の関東移封(1590年)に伴い小笠原家も三河の幡豆郡から引っ越してきたそうです。
 
 
田中稲荷神社・峰愛宕神社の2つの神社の屋根には、今でもしっかり小笠原家の家紋が入ってます。
 
さて牛頭天王様ですが、峰愛宕神社は旧祭神がスサノオてことで、そもそもは牛頭天王だった可能性が示唆されていましたが、田中稲荷神社の摂社が天王様とは迂闊でした。
 
残る問題:謎は左奥の摂社。二文字の札がかかっていて、下は「竈」の草書体にも読めるのですが… 古老に訊いてみようかな? シオツチノオジだと「面白くなる」んですけどね。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%AA%E3%83%84%E3%83%81%E3%83%8E%E3%82%AA%E3%82%B8

ほら海の老人、ほら白鬚神社(脚注)! 安勝以前にダレかがナニかをソコに置いたのではないかな? 日本人って元々いらっちゃった神様をポイッとかはまずしないので、摂社にお移りいただくとか、別のお名前でお呼びするとかあったんじゃないかな~? でもこりゃ歴史的証明を目指すというよりは、せいぜい創作ネタですね。

 

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2017年5月 5日 (金)

本庄市児玉町金屋の白髭神社

宗像神社の後は本庄市の白髭神社。

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駐車場が見つからなかったのでR462沿いにデーンと停めましたが、後で調べたら右手にありました。以下縁起。

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ほほぅ、これは面白い。金屋が鋳物や鍛冶を示すなら、天目一箇神や天津麻羅が出てきそうですが、渡来系(高句麗系)なので白髭=猿田彦命ということでしょうか。

また、縁起中の「下加治の白子神社」ですが、多分ココですね。

https://goo.gl/maps/hqw8NWAtrt52

下加治の加治と鍛冶は同じ意味なのかなあ。謎です。

それにしても、白子神社の前の道って、原付免許取って奥武蔵グリーンラインに走りに行くときによく使った道です。ご縁があるのかな?(^^;

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寄居町の宗像神社

今日はパパサンとデートです。

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はい、寄居町の宗像神社です。先に訪ねた白髭神社、佐太彦神社、天手長男神社の対岸にあります。

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結構立派。

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2017年4月30日 (日)

折原の天手長男神社と藤岡市のインド料理店:パンジャブ

晴れたのでハーレーで…

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折原の佐太彦神社の近くのお寺の前あたりを山に向かって行けばイインダヨ~ 程度に考えていて、思いっきり道を間違えて、中間平の展望台手前まで行ってしまいました。

Miss

※上記の徒歩のルートです。

しかもその道はセロ君にピッタリの道で、あぁパパサンで来るんじゃなかったと反省することしきり。上記グレーのルート(ほぼ)で一旦折原の常光寺まで戻って、再挑戦。ようやく見つけました。

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2017年4月24日 (月)

天手長男神社

寄居町折原地区を地図で眺めていて面白いことに気づきました。

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■白髭神社
 多分祭神は猿田彦命。※日高の高麗神社と旧高麗郡に点在する白鬚神社群との関係は、ここではあえて問いません。

■佐太彦神社
 祭神は佐太彦=猿田彦命。

■天手長男神社
 こちらの社の祭神不明なれど、隠岐の天手長男神社は以下の三神。

  天忍穂耳尊
  天手力男命
  天鈿女命

 天鈿女命といえば、猿田彦の妻ともされる神。

■宗像神社
 宗像大社の縁起に天手長男神社のルーツが見いだせるとか。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E6%89%8B%E9%95%B7%E7%94%B7%E7%A5%9E%E7%A4%BE

現時点で一般化された神話の中から見えてくる関係性以前に、上記4社は歴史の何処かの時点で何となくつながりがあったようにも思えますね。それがどんなつながりであったのか… 残念ながら一般ピーポーには知る術はありません(^^;。

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2017年4月23日 (日)

寄居町折原の白髭神社と佐太彦神社

晴れたのでハーレー… じゃなくてやっぱりセロ君と(^^*。

■経路:狭山→飯能→R299→顔振峠→刈場坂峠→白石峠→都幾川→笠山→小川→東秩父→寄居。

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先ずは白髭神社。ここは「髭」ですね。

※備忘録:鬚(顎ひげ)・髭(口ひげ)・髯(頬ひげ)

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※モデルは特になし(^^;。

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